2015年09月30日

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戦後70年 広島原爆被爆体験伝承者による語り部の会。無事、終了しました。

スタッフが広島原爆の写真パネルを準備して飾り付けた会場内で、高校生から90歳までの幅広い参加者が、伝承者・土橋道子さんを囲み、柔らかい雰囲気の中で「講話」を聞きました。講話内容は、4つ。ひとつは、原爆の破壊力とその被害。二つ目は被爆体験者のお話。三つ目は土橋さんのお母様の被爆体験。そして最後は、土橋さんからの平和メッセージでした。
投下された原子爆弾は、今の東京スカイツリーくらいの高さで空中爆発し、原子爆弾の特色である、熱線・爆風・放射線が爆心地を中心に広がり、広島市約35万人が被爆したそうです。日本人だけではなく、強制連行された朝鮮人、米軍捕虜、中国や東南アジアの留学生もいたそうです。即死した人から入市被爆した人までたくさんの方々がお亡くなりになり、現在生存者は少なくなっていて、証言ができる人たちも高齢となり、平和を維持するために広島市が「語り部」を養成し、語り継ぐお仕事を、土橋さんが繋いでいます。
被爆体験者のお話は、当時中学2年生の女生徒のお話しと、お母様の被爆体験でした。今までの生活や家族、友達が一瞬にして無くなってしまった絶望感や、原爆の熱線や爆風で皮膚までズリ落ちるような想像絶する大火傷、家屋の倒壊・火事、避難する時の周りの悲惨な状況、原爆症の苦痛など、聞くに堪えない証言を、絵や写真・地図を見ながら聞きました。考えられない様子を、お話の中でイメージするだけでも心や身体が痛む気持ちでした。

土橋さんの平和メッセージで共通していたのは、平和を守ってきた70年間をこれからも続けるためには、二度と戦争のない、核兵器を持たない平和な世界を願いながら、被爆体験を語り継いでいくこと。そして、戦争をしないために何ができるか。それは、世界中の人々と仲良く、癒し、許しあって、共に生きることであると、教わりました。

お話を聞いていて思ったのは、かろうじて生き残った方々のそれからの生活というものは、どんなに未来のないものだったかと想像していたのですが、生き残った方々は「生きるために」必死に日々を過ごし、そのお陰で、今があるのだなと思いました。その「今」が、戦後70年目にして崩れそうな状況であることに、未来が無いと感じられずにいられないのですが、戦後必死に生きてきた先人の体験を受け継ぎ、平和を強く願い、誤った社会と闘っていかなければならないと思いました。

今回、会場として快く解放してくださった日本キリスト教会・佐呂間教会様に感謝します。そして、語り部の会に足を運んでくださった皆様にも感謝いたします。また、この企画が成功できたのは、佐呂間町芸術文化支援事業のお陰です。ありがとうございました。機会があれば「語り部の会」を、再び開催したいと思います。
最後に、遠く北海道まで飛行機を乗り継いで佐呂間町までやって来てくださった伝承者・土橋道子さんに心から感謝申し上げます。

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